NEXT HORIZON・Shu Land Annexフォトギャラリーブログ・オダギ秀の眼差しとモノローグ。

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柿。 23:55




突然、親しかった友人の訃報に起こされて、うろたえた。
暑くもなく寒くもなく、雲もないスッキリした秋空の田舎道を、
履き慣れない靴にちょっとイラッとしつつ、彼の家に車を走らせる。
キース・ジャレットも再起不能だと聞いたし、などと思いながら、
ふと外を見ると、道沿いの家に柿の実がなっている。あ、秋なのだと、思い出す。
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曼珠沙華。 23:59




郊外の古寺を訪ねたら、境内の隅に、曼珠沙華が一本、立っていた。
その先には、すべて首をもがれた六地蔵尊が横たわっていていたが、曼珠沙華だけはスックと立っているのだった。盛りをとうに過ぎてなおの姿に、妙に共感する午後だった。
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今らしい。 23:55




この写真は、じつは、8年前に撮った。
母の新盆で帰郷した時に見た案山子なのだが、何とも今らしい雰囲気があって憎めない。
彼らは、今年は,どんな姿でいるだろうか。
8年前の案山子と同じように、街中をゾンビのように歩く我々の姿は、8年後にはどう見えるだろうか。
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カイコ棚。 23:55




クワの実を話題にしたので思い出し、6月に撮ったカイコ棚の写真を引き出した。
言うまでもなく、カイコは桑の葉を食べて大切に育てられ、マユをつくる。マユから人間は、絹糸を得るのだ。
カイコ棚は、カイコがマユ作りをするための小部屋が集合住宅みたいに並んだもので、カイコたちは空き部屋を見つけるとそこに住み着き、マユ作りをする。数センチのマユ1個でも、そこに巻かれている糸は、千二百メートルにもなるそうだ。
人間は、かつて、小さな生き物とも共生する知恵を持っていた。
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クワ。 23:56




クワなんて、今の人たちは知らないだろう。
田舎の珈琲屋さんで少しのんびりし、庭に出ると、クワの実がなっていた。
桑畑があったのではなく、庭先に勝手に生えているようだから、鳥が種を運んだのだろう。
田舎で育ったボクは、子どもの頃、桑の実をよく食べた。赤いのはまだダメだ。熟して黒くなったのを食べると、口の中がドドメ色になった。ドドメ色なんて知ったのは、桑の実からだ。
田舎の子には、桑の実は「まいう〜ぅ」だった。虫や鳥も知ってるらしく、よく鳥が来たし、さかんに虫が付いた。ボクらは、仲良く一緒に食ってるつもりでいた。あ、今思い出したけど、ボクらはクワの実なんて言わずに、クワグミって言ってたなあ。
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時代。 23:55




御神木にワイヤーを巻き、取り敢えずのように紙垂が垂らしてあった。
紙垂は神聖なものを表していて、付けると悪いものが寄り付かないのだそうだ。ありがたいことだ。
注連縄よりワイヤーが便利で丈夫だし、紙垂は通販で簡単に買える。
おみくじを買うには、スマホをかざせばいい。お金に触らないで感染が予防できるという。なるほど。
ウィルスの流行は損得を優先して対策すれば、年寄りや弱者は生きられなくなって、ひとりでに減ってくれる。便利な時代になったものだ。
そういえば最近は、近親葬ばかりが増えて葬儀業界も大変らしい。「GoToあの世」キャンペーンでもやれば、利用者が増えるだろうに。香典も、スマホかざしは割引きされるといい。
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昔の歌手。 23:56




続きを早く読みたい推理サスペンスがあって、ちょっと急いでいた。雨の帰宅で、対向車が眩しい。
この路を、もう三十年以上も通っていると思ったら、何故だろうか、守屋ヒロシなんて歌手の名を、ふいに思い出した。いま、どうしているのかなあ。
朝からの小雨が、夜になって少し強くなった。
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蔵。 23:53




子どもの頃、住んでいた村には、地主さんという家の壮大な屋敷がいくつかあって、そこには蔵がそびえていた。蔵は、富や力の象徴のように見えていた。
今、見上げる蔵は崩れていて、崩壊とか没落とかの象徴のように見える。外から入ることを拒んでいた鉄格子までも、中から抜け出すことができない閉塞感や拘束感を表現しているようだ。
あの頃、たまに遊んだ姉妹二人など、あの家族はどうしているだろう。
何も聞こえない夏の午後。
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カモメ。 23:55




冷めかけた珈琲を、カップの底に少し残して飲んでから、天井から下がるカモメを眺めた。
もう長いこと、コイツは飛んでいる。
ずっとカモメだと思っていたが、こんな派手なカモメ、いるのだろうか。
いつだったか、ジョナサンだと聞いたことはあったけれど、どうでもいい。
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ツバナ。 23:55




あまりに昔のことで、よく憶えていないが、ツバナの若い芽だったかな、子どもだったボクらは、採って開いて中の若い穂をよく食べた。ほんのり甘かったように思う。子どもたちは、遊びながら、みんなそうした。スナック菓子なんてなかったし、お金を出しておやつを買うなんて子は、ボクらの周りにはいなかった。
車を走らせていると、道筋に、ツバナが風に吹かれる季節になった。風にそよぐツバナを見ていると、風に吹かれてただ楽しかった子ども時代が、ゆらゆらと揺れた。
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