NEXT HORIZON・Shu Land Annexフォトギャラリーブログ・オダギ秀の眼差しとモノローグ。

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年輪。 23:59



どうも自分の感性が真面目でない気がする。 
自分より引き締まって見えた仁王像の腹に、見事に浮き出た年輪を、邪魔臭いと思ったのだ。 
なにも、そんなところで、キャリアを主張しなくてもいいじゃないか、と思った。 
この腹を彫った仏師は、浮き出てくる年輪に、何を思いながら作業したのだろうか。 仕上げには塗装するからいい、なんて思ったワケでもなかろう。 そんな次元の問題じゃないぜ、と、そんなこと気にする自分にも腹が立つ。

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襞。 23:59



釈迦如来像の衲衣に丁寧丹念に刻まれた襞が、仏師の年輪に見える。 
大袈裟でなく節度があり、慎みのある自分の美意識に頑なであり、如来への憧憬に満ちている。 
そんな思いでファインダーを覗いていると、シャッターを切る前に長い時間が過ぎた。

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裳裾。 23:59



古刹の山門の仁王像を格子の隙間から覗くと、裳裾の古色がひときわ魅力的に見えた。 
参道を歩いて汗ばんだ首筋を、秋らしくなった風が、心地好く撫でたからかも知れない。 
どこかで鳴いているのは、何の虫だろう。

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薬師如来。 23:59



高台の住宅地の小堂に、平安末期に造立された薬師如来さまが坐しておられた。 
漆箔も剥げ、表情も定かではないほど損傷しているが、派手さのない優しい彫眼、丹念に彫り込まれた螺髪は、数々の乱に翻弄される衆生を、静かに穏やかに導こうとしているように見える。

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肩。 23:59



集落はずれの古堂の、虚空蔵菩薩像を撮らせていただいた。 
虚空蔵菩薩は、無限の知恵や知識、記憶をもたらしてくれる菩薩である。最近の自分には、なおざりに出来ない菩薩さまだ。 
肩が崩れ始めているところを見ると、ボクのような思いを持つ者が多過ぎて、重荷になっておられるのかも知れない。

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薬師如来。 23:59



廃寺跡の藪に荒れた小屋が放置されていて、誰も近寄りもしなかったが、あまりの荒れ様に取り壊そうとしたら、中にこの薬師如来さまがおわした。以来、地区の人々が守り続けている。無論、縁起は知れない。 
ふと、失われた命を思って、自宅に近いこのお薬師さんに掌を合わせた。

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風神。 23:59



担いでいるのは、風袋だ。 
大きいから重そうに見えるが、中身は風だから、それほど重いということはなかろう。 
だが、傍からすると重そうで、大変ですね、などと同情されたりする。 
みんなのために担いでいるような顔もするが、自分の趣味で、好きでやっているようなところもある。 
まあ、誰の人生も、それほど違いはない。似たようなものだと、この頃は思ったりする。

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雷神。 23:59



山の上の古刹の山門裏に、雷神さまがおわす。 
薄暗がりに潜んでおられるので、昔、フィルムの時代に撮らせていただいた時は苦労した。 
シャッター時間が、30分ほどもかかった。昼間、一枚シャッターを切るのにだ。 
大きな三脚に据えたカメラのシャッターを開け、そっとその場を離れて参道の石段を登り、本堂辺りで遊んでから戻って来て、シャッターを閉じた。数枚撮ったら日が暮れた。 
デジカメになった今は、手持ちで撮らせていただける。だから、ゆっくりご挨拶も出来る。「お久し振りです、あれから…」

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秋の日。 23:59



高みに坐すこの釈尊に見つめられると、何故か、心の内を振り返る。 
後悔はないか、卑しくはないか、心は尽くしているか、逃げていないか。 
過ぎた時が、浮かんでは消える。 
答えを待つかのように凝視する釈尊を、本堂に射し入る秋の日が、やわらかく包んでいる。
                            (持福院釈迦如来坐像・行方市)

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衲衣。 23:57



釈迦如来像が纏う衲衣(のうえ)の襞の美しさに見とれる。 
如来が身につけている衲衣とは、ぼろぼろの衣装のことだと言う。 
捨てられるほどの古布を用いたことから、糞掃衣(ふんぞうえ)とまで呼ばれる。物品への執着を断ち、真理に目覚めた者の衣装だ。 
ボクは仏教徒ではないが、厳しく生きたことを表す像の前には、恥じることなく立ちたいと思う。

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